2014年7月2日水曜日

21世紀の国家論、憲法論、そして日本の行く先

国家っていったいなんでしょうか。国家という言葉はメディアでも政治でも、経済でも頻繁に使われますが、定義しろといわれると意外と言葉に詰まるのではないでしょうか。

中学校の時の地理の授業を覚えてらっしゃる方はきっと「領土、国民、主権」の三要素から構成される共同体と答えられる思いますが、国際関係学では特に国家の政治的側面を強調します。つまり全ての国家"state"は政治的集合体"polity"であるという考えです。

このような考えに基づいて、日本の国際政治学者である高坂正尭は国家は三つの体系(システム)からなると主張しました。それらは力の体系、価値の体系、利益の体系であり、高坂は共同体の人々がそれらを共有する事によって国家が成立すると述べました。

では日本の力の体系、価値の体系、利益の体系とはなんなのか。一番簡単なのは利益の体系で、日本の経済=日本のマーケットが生み出す利益は日本国民にも利益をもたらすシステムです。

価値の体系、力の体系は密接に関係しており、僕の考えではこれは憲法で端的に表されていると思います。それらはすなわち日本国憲法三つの柱である、「国民主権」、「基本的人権の尊重」そして「平和主義」です。

国民主権はその文字通り、国家の権力、権限は全て国民に由来するものであるという事です。これが日本の力の体系です。そして価値の体系はこれらの三つの原理に表されているものです。

憲法は基本的に国家の原理原則であり、それは国民を縛るためではなく、国家権力と統治機構を統制するためにあるものです。

今、日本で起こっていることはこれらの基本的な国家論、憲法論に逆行するものであり、本来なら国家の根底を揺るがす事態かもしれません。

集団的自衛権そのものの是非についてはいろんな論点があるので割愛させてもらいますが、それが勝手に閣議決定で決められるということは本来憲法をを遵守するべき立場にある政府の暴走と言わざるを得ません。

また、国民主権を明確に謳っていないイギリスにおいても憲法の改革、EUの改革、地方分権の改革においては必ず、Referendum(国民投票)が行われており、日本ではなおさら今回のような重要な懸案事項に関しては国民投票があって然りです。

確かに今の憲法はGHQにほとんど押し付けられたも同然のものであり、本来の民主国家n憲法の成立方法から考えればその正当性は弱いです。でも私は個人として、今の憲法は非常に素晴らしい理念を持った日本の財産だと信じています。

私の尊敬する白洲次郎氏は唯一の自著「プリンシプルのない日本」で「日本の戦争は日本国憲法を自分たちのものだと思えた時にやっと終わるだろう」と語っています。隣国との歴史問題、戦後レジーム、対米従属。これらの問題は私たち日本人が今の憲法を直接認めることでしか、解決していかないと思います。

憲法改正よりも、今の憲法を支持するかどうかの国民投票を行い、そして過半数の国民がそれを肯定したときにはじめて日本は前に進む事が出来るのではないでしょうか。

日本の行き先は私たちが決める、そういう気概を持った国民による国家になる事を願わんばかりです。